岸田首相が2月17日、LGBT関連団体に謝罪しました。先日更迭された元総理秘書官による「隣に住んでいるのもちょっと嫌だ」などの差別発言についてです。
当事者の方が気にしていたのは、むしろ岸田首相自身の国会答弁だったようですけどね。同性婚の制度を導入することについての「社会が変わってしまう」という発言です。
こちらについてはあくまでも「新しく変わる」という意味だったという主張なのだなあ
⇒岸田首相が前秘書官発言を直接謝罪 LGBT当事者が気にしたのは「社会が変わってしまう」発言の真意|日テレNEWS https://t.co/wNJIjNiD31— 小秋さん (@koakisan) February 18, 2023
ここで言う「社会が変わってしまう」発言とは、2月1日の衆院予算委員会での答弁。岸田首相は、同性婚制度導入について問われ、「全ての国民にとっても家族観や価値観、社会が変わってしまう課題だ」と言いました。その後、批判を浴びても同発言を撤回せず「ネガティブな発言をしたつもりはない」と言っています。
17日のLGBT関連団体の皆さんとの面会でも、同発言については謝罪はなく、「ネガティブでもなく、ポジティブということでもなく、例えば制度とか法律というものが新しく変わることを表している」という趣旨のことを話していたようですね。
日本語研究の第一人者である金田一先生からも「明らかに否定的ニュアンスを表している」と指摘されているんですが、信念があるようです。
#同性婚 で「#社会が変わってしまう」とした #岸田首相 の発言。
首相はネガティブな発言ではないと主張しますが、本当でしょうか。#言語学者 らに聞きました。15日朝刊3面。
「明らかに否定的ニュアンス」https://t.co/fMdRrPXRhI
— 東京新聞ノコト (@choukanne) February 15, 2023
まあ、比較的カジュアルな媒体では「どうしよう、これでまた可愛くなってしまう」のような、好ましい結果について言及する「てしまう」を見ることもありますし、「てしまう」という言葉は変化の真っ最中かもしれません。
三省堂の新明解国語辞典の「しまう」にも、肯定的とも取れる意味が収録されていることですし。
(一)何かを実現させ、そのことに関してはかかわる必要がない状態になる(する)。「客が来る前に用事をすませて——/思ったより早く着いてしまった」
(二)何かが実現し、それを元に戻すことができなくなる。〔多く好ましくない事態にたちいたった場合に用いる〕「頼りにしていたおじさんが突然死んでしまった」「大事な書類をかばんごと盗まれてしまった」出典:三省堂 新明解国語辞典 第八版 P.679 しまう【終う】三<補助・五型>
ただ、岸田首相の「変わってしまう」を(一)の意味と取るのはちょっと難しいですかね((一)にしても、何やらやっつけ感があって嫌な印象ですが)。
さらに、一般的に使われている「てしまう」は、やはり否定的なニュアンスです。試しに岸田首相発言以外の「変わってしまう」を含む記事を、上位から100件ほどざっと見てみました。主に新明解の(二)の意味のようであります。「残念だ」「よくないこと」という意味ですね。
いくつかの記事をヒントに、「変わってしまう」の例文を作ってみたところ、こんな感じです。
- 迷惑客のせいでセルフサービスの店のイメージが変わってしまう恐れがある
- パワハラ体質の上司が異動してきてから、部署の雰囲気が変わってしまった
- コロナ禍の2年の間に、ここまで生活が変わってしまうとは思ってもみなかった
- 助詞の使い方ひとつで発言の意味が変わってしまうことがあるので気をつけたい
- 本場の食材が輸入できなくなり、味が変わってしまう可能性がある
- 内臓まわりにたまった脂肪は、放置すると落ちにくい皮下脂肪に変わってしまう
唯一、ポジティブな意味にも取れたのは、池上彰さんのダイヤモンドオンラインのインタビューのこの部分ぐらいでしょうか。この場合、世の中が良い方に変わるという意味を込めることができそうです。
小選挙区制という制度のもとでは、有権者のほんの一部が投票先を変えただけで政治は大きく動き、世の中がガラッと変わってしまうのです。
【池上彰】若い世代に「不都合な未来」をひっくり返すためにすべきこと|DIAMOND Online(2022/12/25)
ただ、この記事にしても、その他の「てしまう」「てしまった」はネガティブな意味で使われています。いくつか引用させていただきます(太字は筆者)。
選挙に行こうが行くまいが何も変わらないと思ってしまうのもわからないわけではありません。
(出典同上)
このとき若者の多くは「どうせEU離脱なんて認められるわけがない。自分が選挙に行ったって結果は変わらないよ」と考えて投票に行かなかった。一方、「離脱すべき」だと考えていた高齢者たちは投票に行きました。その結果、僅差で離脱が決まってしまったのです。
(出典同上)
投票してしっかり選ばないと、自国の利益のために戦争を仕掛ける、財政が厳しいからと弱い人を切り捨てる、自身の利益のために汚職に手を染めるといった、とんでもない政治家が当選してしまう可能性だってあるのです。
(出典同上)
ということで、かりに岸田さんが「社会が変わってしまう」に否定的な意味を込めていなかったとしても、言葉のニュアンスに敏感になる必要があったんではないかなあと思う次第です。
そして、最後に引用した池上さんの一言が重いですね。
「投票してしっかり選ばないと、自国の利益のために戦争を仕掛ける、財政が厳しいからと弱い人を切り捨てる、自身の利益のために汚職に手を染めるといった、とんでもない政治家が当選してしまう可能性だってある」。
まだ「てしまう可能性」に過ぎないのであればよいのですが。