今日のお題は「印象論」です。ネタの提供元は小池都知事。「五輪の会場周辺で密集ができていた」という専門家からの指摘を「印象論でおっしゃった」と、切って捨てたあれです。
東京都の小池百合子知事の定例記者会見が13日開かれた。小池氏は12日のモニタリング会議の際に、専門家から五輪の会場周辺で密集ができていたとの指摘があったことについて「印象論でおっしゃった」と否定し、「エピソードベースではなくエビデンスベースで語ることが重要だ」と強調した。
で、思い出したのが、7月末の五輪トライアスロン競技の沿道の人!人!人!なのですが。
これが「密集」ではないことをエビデンスベースで説明してほしい⇒沿道に人!人!人!観戦自粛が呼び掛けも「トライアスロンを見に来ました」SNSに続々投稿【東京五輪】:中日スポーツ・東京中日スポーツ https://t.co/i8F0ZP2Hqp
— 小秋@素材屋小秋 (@koakisan) August 14, 2021
私には写真の観衆は「密集」に見えるのですが、どうやら「エビデンスベース」だとこれは「密集」ではないことになるようです。おそらくデータとか統計の話になると思うのですが、奥が深いですね。
さて、「印象論」とは何か。少なくとも、手元にある新明解国語辞典 第八版や、「デジタル大辞泉」など代表的なWeb辞書には項目がありません。そこで、実際の用例から探りを入れてみることにします。
コロナ対策のための予算で巨大イカ像を作るという、傍から見ると愚策にしか思えないような事例を取り上げ、日本の景気と政府の「財政出動」を論じる記事。「単なる印象論にすぎず、データはまったく逆の現実を示している」という使い方がされています。
日本経済は緊縮財政の影響で成長できなくなったとの指摘があるが、これは単なる印象論にすぎず、データはまったく逆の現実を示している。
(中略)
政府は落ち込んだ景気を回復させるため大型の財政出動を実施したものの効果がなく、低成長が続いてきたというのが実態である。つまり日本は緊縮財政によって不景気になったのではなく、積極財政に転じても景気を回復できなかったのだ。
出典:コロナ対策で巨大イカ像を作り、20兆円は手付かず…これで経済が上向く?|ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト
いつからこの「印象論」という言葉が使われはじめたのかは分かりません。ただ、Googleの「ニュース検索」の結果をざっと確認したかぎり、「印象論」が含まれる最も古い記事は2014年のものでした。「東洋経済オンライン」の2014年2月18日の記事より。
今年に入って、あらためて景気が少しずつ底堅くなってきた気がします。マクロ指標ももちろん、それ以上に自分の周囲を見渡しても肌感覚としてよくなっている印象です。
印象論はともかく、今後、数カ月で企業業績も出そろってきます。12月決算の会社は速報値として、そして3月決算の会社も、この時期になるとおおよそ今期の着地数字が見えてきた頃だと思います。
「…肌感覚としてよくなっている印象です。印象論はともかく…」という流れを見るに、この筆者は「肌感覚」で景気の動向を語ることを「印象論」と言っています。「肌感覚」は、個人的には最近になって耳にするようになった気がする言葉ですが、7年ほど前から使われていたのですね。
私が見知っている使い方の例は、「あくまでも肌感覚なのですが、昨年度比で1割減ぐらいにはなるのかと…」など。金額や数量などの具体的な数字がないところで、経験や勘からざっくりした傾向を設定するときの言葉として重宝されているようです。
ここで冒頭の小池知事の発言に戻るのですが、おそらく「エピソードベース」というのがこの「肌感覚として」に近いものなのでしょう。そしてそれらにもとづく物言いが「印象論でおっしゃった」であると。
しかし、「エピソードベースではなくエビデンスベースで語ることが重要」なのであれば、「若者」や飲食店に自粛を求めるのもエビデンスベースでなくてはならないような気がするのですが、そこのところは「印象論」になっていると感じている人もいるようです。
下記はそういった文脈の「印象論」の使用例です。
勿論、医療従事者の皆様をはじめ、最前線で人命と暮らしを支えてくださっている方々の懸命な努力があり、個人としてはそれに日々感謝するばかりです。ですが、PCR検査は拡大しないばかりか水際対策にすら用いず、ワクチン摂取は遅々として進まず、その原因を”若者”への印象論で説明し、補償金は出さずに飲食店の営業自粛を求め、国境をまたいだオリンピックを誘致して実行しながら国民には県境をまたいだ帰省すら自粛を要請する…もはや何をしているのかわかりません。いち市民としての印象は、中近世で取られていた対策並かそれ以下です。
出典:「今起こっていること、ほぼ全部人類は履修済みです」…コロナ禍を「ペスト流行」の歴史から読み解く投稿が話題|まいどなニュース
ところで、「印象論」という言葉が使用されるのは、コロナウィルス感染症対策や経済の話だけではありません。
2017年の産経新聞の記事で「印象論」の使用例を見つけました。いわゆる「加計問題」に関する記事です。官邸の関与を主張する側の「印象論」と、政府側の「説得力を欠く」証言を並べ、どっちもいい加減にせんかい、と喝を入れています。
衆参両院の閉会中審査で論じられた「加計問題」の質疑は案の定、平行線に終わった。
「官邸の関与」を主張する前川喜平前文部科学事務次官の言い分は印象論の域を出ず、政府側の証言にも「記憶にない」など説得力を欠くものが目立った。
「加計問題」とセットで語られることの多い「森友問題」についての記事です。核心に鋭く切り込むと期待されていた野党からの質問者が、「印象論から出ていない」と批判されたことを報じています。
「難波氏は野党のトップヒッターとして、もっと鋭く問題の真髄に切り込まなくてはいけなかったのに、『(安倍昭恵夫人には森友学園の国有地取引に)間接的な関与があり、そこから忖度が発生する』などと無理やりなこじつけを示すのみで印象論から出ていない。また大野氏は細かい質問をするが、追及型ではない。検事出身の小川敏夫民進党参議院議員会長のようなエースならともかく、どうしてあの2人なんだ」
なお、森友学園と加計学園の問題はあわせて「モリカケ」問題として世間を騒がせ、これらの件につき、度々使用された「忖度(そんたく)」なる言葉は2017年の「ユーキャン新語・流行語大賞」の年間大賞に選ばれました。
国有地売却をめぐる、大幅値引きなどの「特例」はなぜ実現したのか。小学校建設の背後に、官僚による安倍晋三首相夫妻への「忖度」は本当になかったのか…。今年2月に表面化し、今も国会で野党が追及する森友問題。続けて浮上した加計学園による獣医学部新設でも、「総理のご意向」「官邸の最高レベルが言っている」などと書かれた内部文書が飛び交った。
コロナや五輪ですっかりかすんでしまった感のあるこれらの問題ですが、「スッキリしないまま」という状態は2021年も続行中。「そういやあれはどうなった?」と時折振り返って「印象論」でもよいので蒸し返していくことが大事かなあと思います。
時事ドットコムの「森友学園」問題のまとめページによると、最新のニュースは「財務省に文書開示請求 赤木さん妻「真実知りたい」」。まだ終わっちゃいないのです。