NHK出版新書「エネルギー危機と原発回帰」(2023年7月出版)の感想です。
本書はNHK解説委員の水野倫之さんと、NHKニュースデスク山崎淑行さんの共著。お二人とも長年にわたってエネルギー問題を取材してきたジャーナリストで、福島第一原発事故の報道にもかかわってきた方々です。
終章の特別鼎談には、同じくNHK出身の池上彰さんも登場。主に福島第一原発の事故の報道をめぐる苦労や、核のごみ処理の問題、今後の日本のエネルギーのあり方などが語られます。
2022年12月、日本政府は「GX(グリーントランスフォーメーション)実行会議」で、「原発の新規建設」「運転期間の実質的な延長」を掲げ、原発回帰の方向に舵を切りました。
そのような流れの中、
「ウクライナ戦争でエネルギー価格が高騰してるし、脱炭素の要請は待ったなしだし、原発は怖いけれど付き合っていくしかないのか?課題は山積みだったはずだけど…」
という不安を抱いている方に、本書はおすすめ。
原発回帰の課題とあわせて、再生可能エネルギーや火力といった他の発電方法のメリット・デメリットもわかりやすく解説されており、今後の日本のエネルギーをどうするかを考える材料になります。
本書の第1章「原発回帰、5つの課題」で指摘されている原発の問題点は次のようなものです。
- 原発の新規建設・運転期間延長の課題
- 核燃料サイクルの行き詰まり
- 進まない最終処分場の確保
- 事故が起きた際の避難態勢
- 軍事攻撃やテロの標的になる可能性
私が特に衝撃を受けたのは、もう26回も完成が延期されている、青森県の使用済核燃料再処理工場と核燃料サイクルの関係性の話でした。
「核燃料サイクル」は使用済み核燃料からプルトニウムを抽出して再利用することですが、実現の見込みがうすく、見直しも検討されています。
しかし「やめます」というわけにはいかない。というのは、青森県と国との約束では、核燃料サイクルが実現しないのであれば、再処理工場として稼働する予定の施設に、使用済核燃料を運び込むのはナシということになっているから。
もし、核燃料サイクルをやめる場合、使用済核燃料は各原子力発電所の保管プールにとどめ置かれることになるのですが、保管プールはどこも満杯に近い。
それだと原発の運転や再稼働に支障が出るので、核燃料サイクルを続ける意思を示しておこう。などという思惑でもろもろの決断が先送りになっているようなのです。
読んでいて啞然としました。そんな時間とお金の無駄遣いの余裕がどこにあるのかと。
また、事故が起きた際の避難態勢にも大きな不安があることがわかりました。
住民の避難ルートを確保するために、新しい橋やトンネルが必要となる地域もあるそうで、建設のための費用や温室効果ガスの排出も考慮に入れると、原発推進が低コスト・低炭素だということは言えるのか。
結局、電気代や税金は上がるわ、脱炭素は実現しないわ、安全はおびやかされるわでいいことなしなのではないか。
などということを考えながら本書を読んでいた2023年12月2日、国連気候変動枠組み条約第28回締約国会議(COP28)で、2050年までに世界全体の原子力発電の設備容量を2020年の3倍にするという宣言がまとまったという報道を見ました。
【速報】「2050年までに世界で原子力発電3倍」 日本も賛同 COP28https://t.co/X0mbc3b4c1
— 毎日新聞 (@mainichi) December 2, 2023
世界の流れはどうやら原発回帰のようで、日本もこの宣言に賛同したそうですが、国土が広くて平坦なので有事の際に逃げやすく、地盤が安定しているので核のゴミの最終処分もしやすい国々に同調してええんですかと。
上記Xポストの毎日新聞の締めくくりに、経済産業省幹部が「この宣言をもって国内の原発を増やすという話にはならない」と話したという一節があるので、エネルギー行政をつかさどる人々の冷静な判断に期待したいところです。
ただ、火力発電も原発もNGということになると、頼みの綱は再エネということになるのですが、その場合は地域で電気をつくって使う、いわば電力の「地産地消」のための送配電網の整備が必要になるんですよね。
その場合は、これまでと同じ水準の電気料金で、これまでと同じく好きなときに好きなだけ電気が使えるという認識をあらためる必要がありそうです。
個人的には、終章の特別鼎談における山崎さんの発言が腑におちるものでした。引用させていただきます。
地域を基準に送電網を整備して、現在の高品質な電力供給を維持しようとすると、そこに参入する新電力会社は東電や関電並みの投資をしなければならないんですよ。少しおおらかな気持ちでクオリティーを見てあげる必要がある。極端なことを言えば、「たまには停電しても、まあ、いいか」ぐらいの気持ちでいないと、ということです。
よくよく考えてみれば、資源がないこの国が、庶民にも支払いができる電気料金で原則途切れることなく安定した電力の供給を受けられていることが奇跡みたいなもので。
上で述べたように原発だってトータルのコストは安くなさそうです。再エネを拡充しつつ、せっせと節電や蓄電に励み、電気のやりくりをしていくのが筋ではなかろうかと思う次第です。