『ふだん使いの言語学: 「ことばの基礎力」を鍛えるヒント』 (新潮選書)の感想です。結論から言いますと、タイトルが抱かせる期待に応えてくれる本です。
著者である言語学者・川添愛さんの他の著書『言語学バーリ・トゥード』『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット』が面白かったので手に取ってみたのですが、大正解でした。
「まえがき」によると、「理論言語学やその周辺分野の中から比較的取っつきやすく、それなりに多くの人の日常に関係のありそうな項目だけを「いいとこ取り」してご提供」という本書。
「理論言語学」とは、自然のままの言葉を
【目次】
まえがき
第一章 無意識の知識を眺める:意味編
第二章 無意識の知識を眺める:文法編
第三章 言葉を分析する
第四章 普段の言葉を振り返る
あとがき
「文法」「分析」という言葉に怯んでしまった人は、第四章から行ってみるといいかもしれません。
本書は、具体例豊富で語り口調もやわらかなのですが、あくまでも「言語学」の本です。
「形容動詞」「副詞」「連体詞」「助動詞」「助詞」など品詞の分類を押さえたり、文の構造を分析するための傍線や矢印、樹形図を追っかける気力がなかったりする場合、読み通すのは厳しいかもしれません。
いや、なんのことはない、私自身がそうです。最初から読み始めて、挫折しそうになりました。「ことばの基礎力」を鍛えるための入口に立つことすらできないのか……と。
しかし、日常的に起こりそうな「言葉の問題」を取り上げたという「第四章 普段の言葉を振り返る」をパラパラとめくってみたところ、いけそうな気がしてきました。第四章の目次です。言葉にまつわるQ&Aという形で書かれていますので、読みやすいです。
第四章 普段の言葉を振り返る
人前に出す文章を添削する
「ちょっと分かりにくい」婉曲表現
誠意ある対応――あやふやな言葉のトラブル
「言った、言わない」が起こるわけ
同じ意味?違う意味?
褒め言葉で怒らせないために
誘導尋問のかわし方
SNSで気をつけたい「大きい主語」
「笑える冗談」と「笑えない冗談」の違い
「察してほしい」と忖度
自分の言葉遣いに自信がない人は
「言葉の乱れ」問題
おわりに:科学的に言葉を眺める
私が特にありがちだなあと思ったのは、「人前に出す文章を添削する」に登場する例文です。とある会社における社長の就任一周年記念パーティーのスピーチ原稿という設定の文章の中の一文なのですが、こんな感じ。
田中社長は、背任と横領の罪に問われ検察に逮捕された前社長に変わり、わが社を見事に立て直してくださいました。
「背任と横領の罪に問われ検察に逮捕された」のは前社長なのですが、聞いている人は田中社長ってそうだったの?と誤解しかねません。
これに対し、提案される修正案はこちら。語順を変え、それに合うように形を整えています。これなら誤解はありません。
(修正案)田中社長は、前社長が背任と横領の罪に問われ検察に逮捕された後、わが社を見事に立て直してくださいました。
同じスピーチ原稿には、次のような例文も含まれます。
本日は、社長のお気に入りの若い女性にも人気のレストランからお料理を取り寄せました。
社長は食通でいらっしゃるだけでなく、ピアノもお得意でいらっしゃいます。社長のような才能のない人間にとっては、まったく驚くばかりでございます。
意図するところは、「若い女性にも人気のレストラン」を気に入っている社長のセンスをたたえること、「社長のような才能」がない自分には驚きだという謙遜を示すことです。
しかし問題は、区切りの位置によって、
「社長のお気に入りの若い女性」
「社長のような才能のない人間」
ととらえられるかもしれないことです。そうなった場合、「社長のお気に入りの女の子って誰だ?」と想像をたくましくする人が現れたり、「あいつは社長を面と向かってディスっている」という評判がたったりするという悲劇が起こります。
著者による修正案は、それぞれ
「社長のお気に入りのレストランで、若い女性にも人気の〇〇」
「社長と違って、才能を持たない私のような人間にとっては」
です。
いや、語順をなめてはいけませんね。
例えばこのブログ的には、
「御社のようにGXに熱心ではない企業が多い中、全社員に脱炭素アドバイザーの資格を推奨していらっしゃるとは感服です」
などがNG例となるかと思います。誰かを持ち上げるときに、いったん自分や第三者を落とす癖がある人は気を付けましょう。変に効果を狙わないで、素直にほめた方がいいですね。
というところで、このページでは言語学者の川添愛さんの『ふだん使いの言語学: 「ことばの基礎力」を鍛えるヒント』をご紹介しました。
本書には、その他SNSなどで炎上しがちな「大きい主語」(男は、女は、日本人は、等々)や「ちょっと」の意味するところなど、「ふだん使い」の言葉の問題が収録されています。
学校の国語の文法が苦手だったという人は、第四章「普段の言葉を振り返る」から入るのがおすすめ。そこから第一章から三章までの必要な個所を拾い読みしていくうちに、文法アレルギーを克服できるかもしれません。